今日しか創れないモノのために。

20160524

 

15歳頃。

居間で寝転がりながら絵を描いていた時に、母親が私の絵をのぞき込んできました。

特に何か言う訳でもないのですが「ふ〜ん」という感じで見て台所へ行きました。

描いた絵を部屋に貼ってニヤニヤしていると「いいね」と言ってくれました。

 

描くのも楽しかったので、だんだん自分の部屋や居間にワタシの絵が増えていきます。

両親は「この部分いいね」とか「この色味いい色出てるね」とかアドバイスではないのですが、絵に一言なにかコメントをくれました。

 

ある夜、ぼーっと絵を見ていた私に母が言いました。

 

「今の年齢でしか描けない絵がある。ずっと続けてなさいね。

辞めちゃうと人生のその時期にしか描けない絵に会えなくなるから。

もうすぐこの部屋に貼っている絵は自然と描けなくなるし、

今描けない絵は、そのうち描けるようになる。

描き続けることでしか会えないんだよね。

描けない時期があってもいいから、

今、創ってるモノは今しか創れないって覚えておくといいよ。」

 

その言葉をもらった時、いまいち理解できず「絵は一度描ければずっと描ける」と思っていました。

それが最近、若いときの勢い、棘、毒、暗闇はその時期しか、描けないし心が感じないと、やっと、分かるようになりました。

思えばあの日、言葉をくれた母の年齢に近づいています。なるほど。

 

数年前、母は高校生の頃に私が描いていた絵をファイリングして保管していてくれたらしく、送ってくれました。

 

もう記憶の片隅にしかなかった17歳のワタシが書いた絵が、目の前で触ることが出来るようになり、涙が出そうになりました。

今、この絵を描けと言われたら技術的にはそっくりに描けるんですが、それを描きたいと思う魂は、もうこの世界にはいないというコトを知りました。

 

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最近、夫と結婚して、日々描きたい絵はLAMYのスケッチだったり、夫婦の風景だったり。今、ここに居る私の魂は、今の当たり前の日々が私に描かせてくれています。ただ、この当たり前の夫婦の風景みたいな絵は、結婚したから描けるようになった絵でした。

描かせてくれる魂は現在という時間と共存してるので、そこまで特別に感じることはないのですが、20年も経てば、もうきっとこの絵を描く魂はどこかへいき、その時、未来にある魂がその瞬間を描いているんだろう。

 

どんな人生が待っているのかわからない。けれど、ナニカを創るという職業は、どんな状態であれ、今の自分にしかできない作業だったりします。それは絵だけではなく。文章も、写真も、言葉も、唄も。きっと全ての創るものです。

 

なぜか今日、ふっとそんな言葉を思い出して、いつかいなくなる「今日の創りたい魂」が、その輝かしさに気付くことなく、淡々と仕事を続けることの意味を考えていました。

この淡々でいい。これが今日、今しか創れないモノを作り続けるコトなのだから。やっと17歳の時に言われた言葉の意味が分かりました。

 

もし、今、ナニカを創り始めたいとか悩んでいる友だちがいたら、伝えたいなと思いました。

少しでも早く始めれば、今日しか創れないモノに、1つでも多く出会えるよと。悩みすぎてると今日創れるはずだったモノが遠くへ行ってしまうよと。

 

もし、好きなことを諦めそうな友だちがいたら、伝えたいなと思いました。

続けたら未来には今日創れなかったモノが待ってるよ。しんどかったら今は休んで良いから、辞めるのを辞めるのはいいかもよ。休みながら続けるって方法もあるし、きっとどこかで「新しい創る」は待っていのかもよ、と。

 

今日しか創れないモノのために、今日も仕事をします。

今日はなぜ仕事を続けているのか分かった気がしました。